競馬は社会に必要なのか

競馬はギャンブルの一つですが、本当に社会に必要なのかどうか、ふと疑問に思う事があります。というのは、競馬でお金を使いすぎて借金まみれになったとか、一家離散したとか、悲しいニュースはたくさん聞くのに幸せになったというニュースや話はあまり聞きません。もちろん競馬を利用する人のモラルや感覚が一番重要な問題ですが、不幸なニュースしか流れないのであれば一層競馬はなくてもいいのでは、と思うのです。しかし、宝くじもそうですが、競馬も社会の役に立っていることがあるというのです。車いすや車いすを乗せることができる車のプレゼントなど、社会的に貢献しているというのです。また競馬はギャンブルとしてだけ馬を提供するのではなく、時にはイベントの一環として馬との触れ合いを一般的に後悔したり、体験で来たりするのもあります。より馬を身近な存在として捉えられるように、競馬をギャンブルとしてだけでなく、馬の走りの美しさや優美さを感じてもらえるように努力しています。またギャンブルとして得たお金は社会的貢献に使ったり、将来のジョッキーの育成のために使ったりしています。全てのお金を儲けだけのために利用しているのではないと知り、競馬に対するこれまでのイメージが多少変わりました。自分ではできない社会的貢献のためにお金が使われるのであれば、自分がギャンブルで損したお金も許せる気がします。一番重要なのは競馬をする人間側に問題があります。どこまでが遊びですませられるのか、ギャンブルとしてだけど、自分で自制できなければ結局悲惨な結末になります。パチンコでもなんでもギャンブルと言うのは自制心が問われますが、もし自分に自信がなければ最初からギャンブルをしなければいいと思います。ちなみに我が家は主人も家族もだれも競馬をしません。馬は好きなので、競馬には抵抗がありますが、いつか馬との触れ合いのイベントなどがあれば、ぜひ参加してみたいと思います。

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