小学校の先生は競馬予想の神様だった

私の小学校の恩師に競馬予想の神様がいます。彼女が競馬を趣味としていることは、私たち生徒が社会人になってから知ったのですが、彼女は競馬予想で稼いだお金で家まで建てたそうです。私も大学生の頃は競馬にハマり、G1レースともなれば、町中のwinsや競馬場に足を運んだものですから、同窓会ではその話題で大いに盛り上がりました。先生の予想を参考にできていれば、学生時代にもっと良い生活ができていたのにな~と話すと、そんな楽してお金儲けできたら働かなくなっちゃうでしょ、と先生は笑います。なるほど。教育者がギャンブルをススメるのはあまり褒められたことではありません。先生は、そうした教育的配慮から、自分自身の競馬趣味を生徒たちに隠してきたようです。しかし、私たちも晴れて社会人となり、自分自身の責任で人生を歩むようになりました。先生は私たちが大人になったと認めてくれて、このたび、競馬予想の趣味について教えてくれたのです。

それからというもの、ときどき先生と競馬場やwinsを訪ねるようになりました。私としても競馬好きの誇りがあるので、なるべく先生の競馬予想は聞かないようにしていた時期もあります。お金を稼ぐことを目的に競馬をしてしまうと、競馬を楽しめなくなると思ったからです。しかし、横で連勝を重ねる先生を見ていると羨ましくなってくるのが人間の心情というものでしょう。私もついに折れて、先生の教えを請うことにしました。しかし、ただ先生の予想を真似るのではなく、先生の方法論を吸収しようと試みたのです。先生に予想を聞いて馬券を買って儲けるだけでは、私の成長は見込めません。その場限りの利益です。しかし、先生の競馬に対する知識や方法を私自身のものにしてしまえば、私自身の予想センスを鍛えることができます。長期的に競馬から恵みを得ることができます。こうして、小学校を卒業してからの十数年後、またしても私は先生の教え子となったわけです。先生の競馬予想のエッセンスについてはここでは触れることはできませんが、それが私の曇った眼を啓くものであったことはお伝えしておきましょう。師を持つことの喜びを感じる今日このごろです。

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